柳葉敏郎さんと聞いて、皆さんはどんな姿を思い浮かべますか?
私が真っ先に思い浮かべるのは、やっぱり『踊る大捜査線』の室井慎次です。
厳しくて、無口で、不器用だけれど、自分の信念を曲げない。
そんな「かっこいい大人」のイメージが、私の中にはずっとあります。
ところが今回調べてみて、ちょっと驚きました。
現在の柳葉敏郎さんは、俳優として活動を続けながら、故郷・秋田で家族との暮らしを大切にしています。
さらに2026年には、長男・一路さんが高校野球の強豪校で主将を務め、柳葉さん自身も毎試合のように応援に駆けつけていたのです。
テレビで見る「俳優・柳葉敏郎」とはまた違う、「父親・柳葉敏郎」の姿。
今回は、そんな現在の柳葉敏郎さんについて、50代女性の私の目線も交えながら書いてみたいと思います。
柳葉敏郎の現在は?65歳になった今も俳優として活躍
柳葉敏郎さんは1961年1月3日生まれ。
2026年現在、65歳です。
若いころから俳優として数多くの作品に出演し、『踊る大捜査線』シリーズの室井慎次役などで、多くの人に知られる存在になりました。
でも、65歳になった今も俳優として活動を続けています。
2026年にもテレビドラマなどに出演していて、決して「過去の人」ではありません。
むしろ、年齢を重ねたからこそ出せる落ち着きや存在感が、今の柳葉敏郎さんの魅力なのではないでしょうか。
若いころの柳葉さんを知っている私たち世代からすると、
「もう65歳なんだ!」
と驚いてしまいますよね。
それと同時に、
「でも、あの柳葉さんらしさは変わらないな」
とも感じます。
柳葉敏郎は現在、故郷の秋田で暮らしている
柳葉敏郎さんについて調べると、もう一つ印象的なのが「秋田」です。
柳葉さんは2006年、家族とともに故郷・秋田へ移住しました。
実は、柳葉さんは上京したころから「家族ができたら秋田で暮らそう」と考えていたそうです。
私はここが、すごく柳葉敏郎さんらしいなと思いました。
芸能界で成功して、東京で仕事を続ける。
それだけを選ぶこともできたはずです。
それでも、子どもが生まれたことで「どこで子育てをするのか」を考え、故郷の秋田に戻ることを選んだ。
しかも、奥さまにとっては簡単な決断ではありませんでした。
土地勘もなく、周囲に知り合いも少ない。
柳葉さん自身も、奥さまが秋田で生活になじむまで苦労したことを話しています。
妻と家族を秋田になじませるために柳葉敏郎がしたこと
ここで私が「柳葉さん、すごいな」と思ったのが、PTA活動です。
家族が秋田で暮らし始めたものの、奥さまがなかなかなじめない。
そこで柳葉さんは、
「俺が何か動かないかん」
と思い、PTA活動を始めたそうです。
そして学年部長も務め、保護者とのつながりを作っていきました。
芸能人ですから、普通なら「自分は芸能人だから」と少し距離を置いてしまいそうなものです。
でも柳葉さんは、自分から地域の中に入っていった。
この話を知ると、私の中の柳葉敏郎さんのイメージが少し変わりました。
テレビでは豪快なイメージがありますが、家族のためなら、自分ができることを地道にやる人なのかもしれません。
柳葉敏郎の息子・一路さんは高校球児
そして、今回「柳葉敏郎 現在 息子」というキーワードで一番注目したいのが、長男・一路さんです。
一路さんは高校球児で、2026年には盛岡大学附属高校の野球部で主将を務めました。
しかも、柳葉さんは息子さんの試合に毎回のように応援に駆けつけていたそうです。
2026年7月の岩手大会では、一路さんは背番号14で三塁ランナーコーチを務め、チームを盛り上げていました。
そして、その姿を父親である柳葉敏郎さんがスタンドから見守っていたのです。
なんだか、この話を聞くだけで胸が熱くなりませんか?
息子の背中を押した柳葉敏郎の言葉が素敵
さらに私が印象に残ったのが、一路さんが盛岡大学附属高校に進む際のエピソードです。
強豪校だけに、入学しても試合に出られない可能性があります。
そんな中で柳葉さんが息子さんにかけたのが、
「たとえ3年間、お前がベンチ外でも強くなってくれたらありがたい」
という言葉でした。
これ、親としてなかなか言えない言葉ですよね。
「レギュラーになれ」
「試合に出ろ」
ではないんです。
結果ではなく、その場所で3年間頑張ることに意味がある。
私は、この言葉に柳葉さんの子育てに対する考え方が表れているように感じました。
息子さん自身も、その言葉に背中を押されて盛岡大学附属高校への進学を決めたと報じられています。
柳葉敏郎が息子の高校野球を応援する姿にほっこり
2026年夏、柳葉さんは秋田から岩手まで息子さんの試合を応援しに行っていました。
準々決勝でもスタンドから息子さんを見守り、一路さんが三塁コーチとして声を出し、腕を回してチームを支える姿を見届けています。
さらに柳葉さんは、甲子園で息子を応援したいという思いも語っていました。
ここまで来ると、もう「柳葉敏郎」という有名俳優ではなく、
「息子の野球を応援するお父さん」
なんですよね。
私はそこがとてもいいなと思いました。
50代の私が感じた「親はいつまでも親なんだな」
私自身、50代になって感じることがあります。
子どもが大きくなると、親がしてあげられることは少しずつ減っていきます。
小さいころなら、送り迎えをしたり、食事を作ったり、学校のことを心配したり。
でも、高校生くらいになると、子ども自身の世界がどんどん広がっていく。
親は少し離れたところから見守るしかなくなっていきます。
でも、だからこそ応援したくなるんですよね。
柳葉敏郎さんが息子さんの試合に駆けつける姿を見て、そんなことを考えました。
息子さんがグラウンドで頑張っている。
親はスタンドから見ている。
できることは限られていても、
「頑張れ」
という気持ちは、きっと届いている。
親子って、子どもが大きくなっても、結局こういう関係なのかもしれません。
柳葉敏郎の秋田暮らしは「父親としての背中を見せる」ためだった
柳葉さんは以前、秋田へ移住した理由について、父親として子どもに背中を見せたいという思いを語っています。
東京で仕事をするだけではなく、自分が育った秋田で子どもを育てたい。
そして、地域の中で人と関わりながら生きていく姿を子どもに見せたい。
そんな思いがあったそうです。
この話を知ると、現在の息子さんの姿が少し違って見えてきます。
息子さんが野球に打ち込み、チームの主将として仲間をまとめる。
そして父親は、その姿をスタンドから見守る。
秋田に戻って家族と暮らすことを選んだ柳葉さんにとって、こうした時間こそが大切だったのかもしれません。
「仕事と家族を両立する」という考え方も素敵
柳葉さんは以前、子育てについて「仕事と家族を両立する」という考え方ではなく、「仕事は仕事。家に帰ったら家族」という趣旨の話をしています。
この言葉も、私は印象に残りました。
仕事も大切。
でも家に帰れば家族との時間。
どちらかを犠牲にするのではなく、それぞれを大切にする。
芸能界という特殊な仕事をしながら、家族との暮らしを大切にしてきた柳葉さんだからこそ、出てくる言葉なのかもしれません。
若いころの柳葉敏郎とは違う、現在の魅力
若いころの柳葉敏郎さんは、勢いがありました。
一世風靡セピアで注目を集め、俳優としても存在感を増していった時代。
そして『踊る大捜査線』では、室井慎次という強烈なキャラクターを演じました。
私たちの中には、どうしても「かっこいい柳葉敏郎」というイメージがあります。
でも65歳になった現在は、そこに「父親としての温かさ」が加わっています。
息子の野球を応援する姿。
故郷・秋田で地域に溶け込みながら暮らす姿。
家族のためにPTA活動までした姿。
若いころとは違うけれど、私は今の柳葉敏郎さんのほうが、むしろ親近感を覚えます。
まとめ|柳葉敏郎の現在は「俳優」だけではなかった
柳葉敏郎さんは現在も俳優として活動しています。
一方で、故郷・秋田に家族と暮らし、地域とのつながりを大切にしてきました。
そして2026年には、長男・一路さんが盛岡大学附属高校の野球部主将として最後の夏を迎え、柳葉さんは父親としてその姿を応援していました。
私は今回調べてみて、一番心に残ったのは「息子の野球を応援する柳葉敏郎さん」でした。
あの室井慎次を演じた人が、スタンドでは息子を心配し、声援を送り、一喜一憂している。
そう考えると、なんだか親しみがわいてきませんか?
50代になった私からすると、子どもが成長していく姿を見守れる時間は、決して当たり前ではないと思います。
柳葉敏郎さんが秋田で家族を育て、今も息子さんの挑戦を応援している姿を見ると、
「親って、子どもがいくつになっても応援団なんだな」
そんなことを感じました。
俳優としての柳葉敏郎さんだけではなく、父親としての柳葉敏郎さん。
これからは、そんな一面にも注目していきたいと思います。


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